愛の証明(後編)



○リザサイド

 何度、戦闘を繰り返しただろうか。数えるのも馬鹿馬鹿しくなってきた頃、わたしたちはようやく下に降りる階段を発見した。まったく、この洞窟は迂回路が多くて、本当、苦労させられた。しかもわたしはわたしで、自分に自信を持てる機会もなかったし……。

 わたしはここで引き返してアリアハンに戻るべきなのだろうか。最初にアレルがそう望んだように。わたしの本当の両親がそう望んだように。
 ……らしくもない、そんな弱気な考えが頭をよぎる。

「さて、ここまで来たらもう一息だよね」

 アレルが誰に尋ねるでもなく、そう口にする。それはただ単に『あと一息』とわたしたちを奮い立たせるためのものだったから。
 しかし、それに答える声があった。ルーラーだ。

「そうだね。ここを下りたら、あとは三叉路(さんさろ)に出て、向かって右の通路を一直線に進むだけのはずだから」

「よく知ってるね、ルーラー」

「何度もやったからねぇ〜」

 一体、なにを何度もやったというのだろうか。しかし、彼の発言にいちいち眉を動かすのも、いい加減、疲れてきていた。

「じゃあ、行きましょう。ルーラーの言うことが本当なら、すぐにこの洞窟から出られるみたいだし」

「本当ならって……。信用ないなぁ……」

 そんなやりとりを交わしながら、わたしたちは階段を下りていく。そうして下りた先には、

「キャタピラー!?」

「バブルスライムも二匹いるだよ!」

 あまりにあんまりな不意打ちに叫ぶわたしとモハレ。一方、アレルは無言で剣を抜き、クリスもまた、同じく無言で拳を構えていた。戦い慣れしている人間と、そうでない人間との差が如実に出るのはこういうときだ。

 イモムシを巨大化したようなモンスター、キャタピラーが身体を丸めて、クリスに突っ込む!

「――くっ!?」

 両腕を前に出してガードする彼女。さらに、後ろに飛んで勢いを殺したようだった。しかしそれでも耐えきれなかったのか、吹っ飛ばされて地面を転がる。……まあ、次の瞬間にはすぐに立ったから、それほどのダメージはなかったのだろうけど。

 一方、液体のような形状をしたバブルスライムが二匹がかりでアレルに襲いかかる!

「うっ!? 身体が重く……!?」

 剣を振り、二匹共を遠くへ追い払ったものの、バブルスライムはその体内に毒を持っているはず。おそらく、飛びかかられたときにそれをうつされてしまったのだろう。どうしよう、『ホイミ』じゃ毒の治療はできないし、解毒の呪文『キアリー』はわたしにはまだ使えない。……本当、自分がなんのためにここにいるのか、わからなくなってくる。

「仕方ないだ。ちょっと危険ではあるけんどもっ!」

 今度はモハレがバブルスライムの一匹に踊りかかる!
 ……? でも、『ひのきのぼう』を牽制程度に振り回し、むしろ素手でバブルスライムに触れようとしている? あんなの、毒をうつされる可能性が高くなるだけじゃ――

「――そうか! バブルスライムは『どくけしそう』を持っていたはず!」

 モンスターやアイテムに関する知識だけはあるルーラーが、自身は階段の途中に留まったまま、大声でそう叫んだ。しかし、こうも続ける。

「でも、落とす確率も盗める確率も、決して高くはないはずだけど……」

「確率なんて関係ないわよ! 蘇生呪文の『ザオラル』じゃないんだから、成功するときは成功するし、失敗するときは失敗するに決まってるでしょ! あとはモハレがどれだけ頑張れるか、よ!」

「そうは言うけど、実際には落とす確率というものが存在しているんだよ、A、B、Cの三段階で。バブルスライムは確かAだったとは思うけど、それでも確率は50%を切るはずで――」

「だから関係ないの! モハレは何度もモンスターから盗みを成功させてるんだから! それはあなただって知ってるでしょ!?」

「信じられないことではあるけどね。というか、そんな『必ず盗める』なんて便利な能力を持った盗賊が本当に存在するなら、次の冒険時にはぜひとも仲間にしたいところだよ」

 確かに、必ず盗めるというわけではないのだろう。けれど、モハレなら――

「ぐっ!? なんのっ! ……これで、盗っただ! それと、そっちのバブルスライムからも――いただきだべっ!」

「やったあっ!」

「うわあ。本当に盗んだよ。しかも毒に侵されながら、二匹のバブルスライムから一個ずつ……」

「アレル! 使うだっ!」

 モハレがアレルに『どくけしそう』を投げ渡す! そして毒をうつされた彼自身もまた、『どくけしそう』を左手の親指と人差し指ですり潰し、口内に投げ入れた。

 その刹那!

 ――うおぉぉぉんっ!

 クリスと戦っていたキャタピラーが、その身をのけぞらして鳴き声をあげた! 同時にキャタピラー、バブルスライムたちをオーラが包み込む!

「まさか、『さまようよろい』と戦ったときにわたしがアレルに使った呪文と同じもの!?」

「違う! あのときリザが使ったのは、対象がひとりだけの下位呪文『スカラ』だ! いまのは仲間全員の守備力を高める上位呪文『スクルト』! 重ねがけされると厄介――」

 ――うおぉぉぉんっ!

 言ってる間に重ねがけされたようだった。モンスターたちを包むオーラが輝きを増している。

「呪文攻撃にきりかえたほうがいい! 打撃はほとんど効かないよ、特にキャタピラーには!」

 さすがに焦った口調になるルーラー。それに一番最初に反応したのはアレルだった。

「よしっ! メラッ!」

 生まれ出た火の玉がキャタピラーを直撃する! イモムシモンスターの身体から焦げ臭い匂いが立ちこめ、苦悶の声が上がった!

「もう一度! メラ!」

 ――――。

 かざしたアレルの掌からは、しかし、今度はなにも生まれ出なかった。

「――メラッ! メラッ! ――くそっ! 魔法力が尽きたのか!」

「ひいいっ!?」

 上がったのはモハレの悲鳴!
 そうだ! キャタピラーに気をとられてしまっていたけど、モハレはまだバブルスライム二匹と戦っていたんだ! それもひとりで!

 本当、わたしはなにをやっているのだろう。こういうとき、近接戦闘に参加できるようにと、モハレに『聖なるナイフ』を譲ってもらったというのに。

「モハレ! すぐに加勢――」

「来ちゃ駄目だべ! いま毒をうつされたら治す手段がないだ! ――くっ……!」

 素早い身のこなしでバブルスライム二匹共の攻撃をかわし、そのうち一匹に『ひのきのぼう』を叩きつけるモハレ。けれどそのバブルスライムはまだ倒れない。それに彼はいま、攻撃を食らっていないのに表情を苦痛に歪めた。心なしか、動きも鈍いように感じる。――まさか!

「モハレ! あなた、すでに毒を――」

「だから、だべよ。毒をくらうのはもう、オイラだけで充分だべ……」

「……っ!」

 思わずわたしは唇を噛む。どうしよう。呪文を使う? でもわたしは呪文をあと何回唱えられる? 一回? 二回?
 バブルスライムを倒せても、まだキャタピラーが残っているのに……。
 だったら、せめて――

「これを使って! モハレ!」

 わたしは腰に提げてあった『聖なるナイフ』をモハレのほうに鞘ごと投げた。彼はそれを受け取り、

「助かるだ、リザ! ……っ! ――たあっ!」

 苦悶の表情と笑顔を同時に顔に浮かべながら、モハレがバブルスライムに斬りかかる! 一匹をしとめ、残るバブルスライムはあと一匹!
 けれど、モハレの身体には毒が回ったまま。彼がバブルスライムを倒せるのが早いか、毒がモハレの体力を奪うのが早いかの勝負になる。また、勝てることと毒を解毒できることはイコールじゃない。この戦闘での勝利は、必ずしもモハレの生存に繋がるわけじゃないんだ。……あまりにも、分の悪い戦い。

 わたしは、しばし迷ってから彼に声をかけた。

「…………。モハレ! その『聖なるナイフ』はわたしのものなんだからね! 絶対にあなたの手で返すのよ!」

 こちらを見ずに無言でうなずくモハレ。その一方では、アレルとクリスもまた、キャタピラーと死闘を繰り広げていた。

「――たあぁぁぁっ!」

「くらえっ! 飛水連墜撃(ひすいれんついげき)っ!」

 アレルが剣を上段から振り下ろす! 続けてクリスが両の拳で、目にも止まらぬ速さで次から次へと殴りつける!
 しかし、アレルの剣も、クリスの拳も、キャタピラーを包み込んでいる『スクルト』のオーラに阻まれ、届かない。

 ――と、バックステップしたと同時に視界に入ったのだろう。バブルスライムに襲いかかられているモハレを見て、クリスが目を見開いた。同時、一瞬にしてバブルスライムとの間合いを詰める!

「これならどうだ! 轟雷掌打(ごうらいしょうだ)っ!」

 掌を開き、クリスがバブルスライムに掌底を叩きつける! バブルスライムを包むオーラにぶつかり――次の瞬間、まるで雷でも落ちたかのような轟音を立て、クリスの掌がそれを貫いた!
 しかも、減速した掌底は殺傷力を失わずにバブルスライムに一撃を加え、その身を跡形もなく弾けさせる!

 ――これで、あとはキャタピラーを残すのみ。

 しかし、わたしたちもまた、かなり疲弊(ひへい)している。特にバブルスライムから受けたダメージが大きく、モハレが動けずにいた。クリスがせめて体力が尽きないよう、薬草をすり潰し、彼に塗ってあげている。

「あ、姉御(あねご)……。助かるだ……」

「おい。なんだ、姉御って……」

 あれなら、とりあえずは大丈夫だろうか。それよりも問題なのは――

「くそっ! まったく効果がない!」

 キャタピラーと一対一で戦っているアレルのほう。はっきりいって、アレルがキャタピラーの攻撃をくらうことはない。アレルの放つ剣による攻撃も、充分捉えられる範囲内だ。けれど、どれだけ相手を捉えられてもオーラに阻まれ、ダメージを与えられないのでは意味がない。それに勇者とはいえ、彼も人間。このままではスタミナが尽きるか集中力が切れるかして、動きが鈍り、いずれ決定的な一撃を受けてしまう。

 どうすれば……。
 わたしの呪文でなんとかできれば……。そうだ、わたしにはメラの他にヒャドやギラも使える。このどちらかを使えば……。

 でも、もし倒せなかったら?

 …………。

 ……………………。

 ……しょうがない、か。

「ルーラー。あのキャタピラー、何発メラ、あるいはヒャドを当てたら倒せると思う?」

 正直、彼に頼ることだけはしたくなかったけれど。でも、現状を打破する手がそれ以外にないのなら……。

「う〜ん。すでにメラを一発くらっているから……。メラのダメージは少なく見積もって、9。多く見積もったところで12。ヒャドのダメージ量は大体30で、キャタピラーのHPは50だから……」

 また、わけのわからないことを言い出すルーラー。けれど、いまだけは完全に聞き流そう。そして、出した結論を信用しよう。

「メラなら最低でも三発。ヒャドだったら二発ってところかな。あ、あとギラでも二発は必要になる。――使えるよね? ギラ」

「…………」

 ルーラーの返答に、あたしは顔を青ざめさせた。背筋が凍る心持ちがする。
 ……どうしよう。わたしの魔法力はそこまで残っていない。ヒャドかギラなら一発、メラでも二発が精一杯だ。

 ……どうすれば。本当に、どうすれば……。
 考えないと。わたしが使える呪文は、他になにがある?

 対象の――アレルの素早さを上げる『ピオリム』、同じく守備力を上げる『スカラ』、傷を癒す『ホイミ』。……駄目だ。どれも根本的な解決にならない。

 なら、モンスターを――キャタピラーを対象とした呪文なら?
 幻覚を見せる『マヌーサ』、聖なる光でモンスターを消し去る『ニフラム』。……こっちも駄目。どうしても確実性に欠ける。

 アレルの魔法剣に頼るのは論外だ。『魔法剣メラ』の威力は確かに絶大だし、成功するならメラ一発で片がつくけれど、あれはかなりの精神集中を必要とするみたいだった。現在、アレルの集中力は普段よりも落ちているはず。

「あと有効な手段は……、そうだ、『ルカニ』はまだ使えない? あれなら一回であのオーラをほぼ消すことが出来ると思うし、そうすればアレルの攻撃で充分倒せるはずだよ?」

 ルーラーの提案にわたしは首を横に振る。『さまようよろい』との戦いのときに修得できていなかった呪文を、あのあと大した修行をしたというわけでもないのに使えるようになっているとは思えない。

「……あれは、わたしにはまだ無理――」

「――つぎゃあっ!?」

「アレル!?」

 ついにスタミナが切れたのか、それとも集中力が切れたのか、アレルがキャタピラーの体当たりをまともにくらい、壁にその身を打ちつけられた。そのまま床に崩れ落ち、苦しげにうめく。

 ――そうだ。無理だなんて言ってる場合じゃない。アレルだって、クリスだって、モハレだって、必死で戦ってるんだ。自分のやれる限りのことをやっているんだ。だったら、わたしがそれをやらずに『無理だ』と逃げていていいなんてこと、あるわけない!

 わたしはいつも持ち歩いている小さな手帳――『魔法の教則本』を片手に、呪文の詠唱をする体勢に入った。
 使う呪文は、当然――

「――汝を護りしその盾を、我が魔力(ちから)を以(もっ)て打ち砕かん!」

 『魔法の教則本』をスカートのポケットに滑り込ませるように仕舞い、両の手の人差し指を胸元で交差させる。

 この『構え』や呪文の『詠唱』は、その呪文を修得できている場合は効力アップのために、そうでない場合は呪文発動の成功率を上げるために行うもの。つまり、まだ修得できていない呪文であっても、教則本に載っていた『詠唱』と、その呪文に対応する『構え』をやれば――

「――ルカニ!」

 ――きっと、発動する!

 ややあって、キャタピラーの周囲をオーラが包んだ。守備力を下げる『ルカニ』のオーラが。それはキャタピラーを包んでいた『スクルト』のオーラに重なり、

 ――パキィィィィンッ!

 二種類のオーラがお互いを相殺しあい、澄んだ音を立てて対消滅する!

 ――成功した……!

「いまよ! アレル!」

 あたしが言うと同時。いや、あるいはそれよりも早く。

 アレルは床から立ち上がり、キャタピラーに斬りかかった!
 そして再度『スクルト』を唱えさせる間も与えず、返す動きで刃を一閃!

 ズズン、と音を立て、キャタピラーが床に倒れ伏す。……やっぱり、アレルの剣技はすごい。『スクルト』さえ使われなければ、全然苦戦する相手なんかじゃなかったんだ……。

 剣を鞘に収め、アレルがこちらを向き、照れたように微笑む。

「リザ、助かったよ。『さまようよろい』との戦いのときといい、本当、僕はいつもリザに助けられてばかりいるね」

 ――アレルが、わたしに助けられてばっかり……?

 そんなことはないだろう、と思った。心から。
 『さまようよろい』のときも、今回も、きっとアレルなら最終的には自分でなんとかできていたに違いない。
 けれど……。

 けれど、彼がわたしを必要として、頼ってくれるというのなら……。

 それなら、わたしはアレルと一緒にいよう。たとえ足手まといになったとしても、アレルがそう望んでくれるのなら、わたしは彼についていこう。それがどれだけ苦難に満ちた旅路であろうとも。

「クリス! モハレは大丈夫!?」

 アレルが大声を張り上げる。……そうだ! モハレはバブルスライムに毒をうつされて……!

「ああ。毒は回っているけど、定期的に『やくそう』を使えば大丈夫みたいだよ。――モハレ、立てるかい?」

「あはは……。クリスの姉御が珍しく優しいと気味悪――いだだだだっ!」

「そういうことを言うのはこの口かい? ん?」

 そう言ってモハレの頬を引っ張るクリス。よかった。本当に大丈夫そうだ。なので、わたしはちょっと軽口を叩いてみることにする。

「ほら、クリス、モハレ。いちゃついてないで、またモンスターが現れる前に先に進みましょう?」

「なっ!? ちょ、リザ! なに言ってんだい! アタシとモハレはそんなんじゃ――」

「そんなことよりも、これ返すだよ、リザ」

「おい! そんなことってなんだい!」

 わめくクリスを無視して立ち上がるモハレ。それと、不機嫌そうにしながらも彼を支えてあげるクリス。……なんだ、本当に仲いいじゃない。見方によってはわたしとアレルよりもずっと……。

 モハレはわたしに『聖なるナイフ』を返すと、そのおぼつかない足取りのままでキャタピラーの亡骸(なきがら)へと足を向けた。

「おい、一体なにをするつもり――」

「まあ、見てるだよ、姉御。こいつは確か――ん、あっただ」

 キャタピラーが持っていたのだろうか。屈んだモハレの手の中には一枚の『やくそう』があった。

「『やくそう』はあって困るものじゃないだ。特に、いまのオイラには」

「……まあ、そりゃそうだね。それにしても、あんたもよくやるもんだよ、まったく……。――じゃあ、今度こそ行こうか」

「そうね。ほらアレル、先頭先頭」

「ああ、うん。……リザ、なんか元気になった?」

「そう見える? じゃあ、そうなのかもね〜」

 そんな会話をしながら、わたしたち五人は見えてきた三叉路を右に折れ、最深部を目指して歩く。はっきり言って、もう全員が全員、ボロボロだ。アレルとルーラーの魔法力は尽きているし、わたしも同様、火の玉ひとつ出せそうにない。モハレに至っては動くのもしんどい状態だし。

 この中でまともに全力で戦えるのはクリスだけ――と思いきや、話を聞いてみると彼女もかなり限界が近いらしい。なんでも普通に戦うのならまだしも、『技』を使うとなると、どうしても魔法力ともスタミナとも違う『力』を消費するらしい。それがなんであるのかは、クリス自身にもよくはわかっていないようなのだけれど……。

「――あっ。あそこに見えるのが、リザの両親の手紙にあった『旅の扉』かな?」

 アレルが子供のような無邪気な声をあげる。そこにはグルグルと渦を巻く、淡く蒼い光を放っている『なにか』があった。わたしを含め、アレルの問いに答えられる者はいない。となれば、当然口を開くのはこの男。

「だね。いやあ、実物を見るのは初めてだなぁ。――じゃあ、行こうか?」

「ここに飛び込めばいいのかな?」

「うん。そうすればロマリア大陸の南部にワープできるよ」

 『旅の扉』を見たのは初めてだと言っているのに、どうして確信を持って言えるのだろうか……。

 ともあれ、わたしたちはアレルの「せーのっ!」というかけ声と共に、『旅の扉』に飛び込んだ。……モハレの体力にも、余裕はなかったから。




 次の瞬間、わたしの目に映ったのは、空にかかる薄闇色のカーテンと一面に広がる林、そして足元で蒼い光を放つ『旅の扉』だった。あたりが暗いせいだろうか、鬱蒼(うっそう)と生い茂っている木々たちには正直、ちょっとだけ薄気味悪い印象を受ける。
 それにしても……、そっか、もう夜の帳(とばり)が落ちる時間になっていたんだ……。……いや、それよりも。

「――ロマリアは?」

 白い目をルーラーに向けるわたし。間違った情報に踊らされている暇はわたしたちには――特に、モハレにはない。
 彼はわたしの目に少し気圧された風になりながらも答える。

「ここから北上すればすぐだよ。……いや、本当に」

「あ、じゃあオイラが探してみるだ!」

 モハレが元気よく手を挙げた。……それにしても、本当に元気ねぇ……。身体に毒が回ってるなんて、嘘みたい。

「ん〜……。わかっただ! 北に10メートル、東に1メートル行ったところにあるだよ!」

「なんでわかるのよ!?」

「オイラの特技だべ! 『タカのめ』いうだよ!」

「モハレ、そんなことできたんだ……」

「さあ、行くべ! 身体に毒が回っててキツイだよ……」

「急に弱々しい声になったわね! いま!」

 そう勢いよくわたしが突っ込んだところで、わたしたちはロマリア大陸を北上し始めた。……どうでもいいけど、わたし、こんなに突っ込んでばかりいるキャラじゃなかったと思うんだけどなぁ。もっとこう、恋する乙女って感じの……。

 と、歩き始めると同時、ルーラーが口を開いた。

「じゃあ、ここでお別れだね。僕はロマリアには行かないから」

 それにアレルが振り向く。

「そういえば、そう言ってたね。ルイーダさんのところで。――これからどうするのか、訊いていい?」

「ちょっと行きたい――いや、行くべきところがあるんだよ。でも、それ以上は秘密」

「そっか……。でもルーラー、呪文は使えないんだよね? なら一緒にロマリアに行って、一晩休んでからにしたほうがいいんじゃない?」

「大丈夫だよ。それよりもほら、早く行かないと。モハレのためにも」

 ルーラーがモハレに視線をやると、「確かに」と少し苦しげにモハレがうなずいた。……まったく、さっきからなんでもない振りをしようとしているのよね、彼は。……失敗してるけど。

「じゃあせめて、これを持っていくだよ。合流する前に『じんめんちょう』から盗んだものだべ」

 そう言って、道具袋の中から『キメラのつばさ』を取り出すモハレ。しかしルーラーはそれにも首を横に振った。

「それはモハレたちが必要とするときがきっとくるよ。ゴールド節約のためにもとっておいたほうがいい。――じゃあね」

 早く行け、とばかりに手を振るルーラー。仕方なくわたしたちも手を振り返し、北へと向かう。やれやれだ……。




 こうして。
 わたしたちは最後まで謎に包まれたままだった魔法使い、ルーラーと別れたのだった。

 彼とは、またしかるべき場所、しかるべきときに再会することになるのだけれど。
 それは、もう少し先のこと――。


○ルーラーサイド

 ――同期、終了。

 『僕』の意思は僕の中から消え、僕の中には『僕』からの『命令(コマンド)』だけが残る。

「まずは『シャンパーニの塔』へ向かえ、か。座標位置の調整は『僕』がやる、と」

 相変わらず勝手だなぁ、と嘆息し、目を瞑る。そうして、ふと思った。

 『異常』なモンスター、『さまようよろい』と『キャタピラー』。
 『さまようよろい』の異常性にはすぐに気づいたけど、『キャタピラー』のほうは、あの段階では気づけなかった。

 あのときは、ついとっさに『スクルトを重ねがけされると厄介』なんて叫んでしまったけれど、よくよく考えてみたら、同一個体のキャタピラーがスクルトを2回使ってくるなんてことは――スクルトを重ねがけしてくるなんてことは、絶対にありえない。なぜなら、奴にはそれができるだけの魔法力――MPがないからだ。
 キャタピラーのMPは7で、『スクルト』のMP消費は4。これはどうやっても覆らない。しかし、だというのにあの『キャタピラー』はスクルトを2回使った。

 これは、どういうことだろう?
 この世界は『僕』のプレイした『ドラゴンクエストV』の世界とは、また別の世界なのだろうか?

 否定はできない。『僕』があちこちの世界で好き勝手したのだから、この『ドラゴンクエストV』の世界にバグなりエラーなりがあってもおかしくはない。
 いや、むしろあそこまでいくつもの世界に介入したのだから、なにもおかしなことが起こらずに済むほうがよっぽどおかしい、か。事実として、クリスが『蒼き惑星(ラズライト)』からこの世界にやってきてしまってもいるし。

 なんにせよ、僕は――。
 と、足元がふらつき、反射的に目を開ける。目の前には天に向かってそびえ立つ塔の姿。
 『シャンパーニの塔』だ。あの大盗賊カンダタがアジトにしている場所。

 ゲームのシナリオでは、カンダタはロマリア城で『きんのかんむり』というものを盗み、それを取り返しに『シャンパーニの塔』にやってきた勇者一行――アレルたちに成敗される。もっとも最後、勇者たちはカンダタを取り逃がしてしまうのだけれど。

 さて、僕はそんなシナリオの用意されているここで、一体なにをすればいいのやら――。

「リミッターを70%まで解除、か。で、『あれ』の使用を許可する、と」

 僕は眼前にそびえ立つ塔を見上げる。『僕』からの情報によれば、いまカンダタは3人の子分たちと共に、ロマリア王から『きんのかんむり』を盗むべく出撃準備を整えているらしい。それを裏づけるかのように、塔の上のほうにある窓から、いくつか明かりが漏れ出ているのが確認できた。

 僕は『僕』からの『命令』に従い、右の掌を塔へと向ける。そして、一言。

「――ビッグバン」

 『まほうのたま』が起こしたそれを遥かに上回る大爆発。それが『シャンパーニの塔』を跡形もなく消し飛ばした。
 そう。それが、あまりにもあっけない――あっけないにもほどがある、表舞台に出てくることすらできなかったカンダタの最後だった――。

「――なんにせよ僕は、『僕』からの『命令』に従うだけ、ってね……」

 なんとなく、空虚な心持ちになりながら、そうつぶやく。
 そして、続いて頭に流れ込んでくる『僕』からの『命令』。

「次の目的地は『時間(とき)の狭間』。そこで『漆黒の剣(カオス・ブレード)』を回収して、その足で三回目の『蒼き惑星』へ向かえ、か」

 『命令』の内容を口に出して復唱。そうしてから再び目を閉じた。こうすれば先ほどと同じように、『空間移動』は――それがたとえ『世界』をまたぐものであっても、問題なく『僕』がやってくれる。

 そうして。
 僕はこの四回目の『地球』、四回目の『世界』をあとにしたのだった――。



――――作者のコメント(自己弁護?)

 第六話にして、ようやくアリアハン大陸から出ることができました。
 いや〜、思ったよりもかかりましたね。最初は大体三話ほどでここまでの物語を消化する予定だったのですが。本当、構成力が足りないこと甚だしいです(苦笑)。

 ともあれ、リザとモハレのパーティー加入、ルーラーの離脱、アレルの『魔法剣メラ』修得にリザの『ルカニ』修得&葛藤の決着、とやりたいことは全部やって、ロマリア大陸に無事、たどり着きました。

 ちなみに、最初は『VSさまようよろい〜ロマリア大陸到着』までを一話でやるつもりだったのですよね。いま思えば『どれだけ無謀なことを考えていたんだ、自分。できるわけないじゃないか……』ってなもんですが、当初は本当にそのつもりでプロットを書いていました。
 それが『VSさまようよろい』と『進め! いざないのどうくつ!』の二話構成に変え、それでも長くなったので、それぞれを前後編にして、と、そんなことをやっているうちに話数はいつの間にやら六話分に。

 そうそう、実は第一話と第二話も長くなってしまったから前後編にしたのですよね。なので僕の中では第一話と第二話が第一話、第三話と第四話が第二話、第五話と第六話が第三話、という感じになっています(笑)。

 あと、リザの両親のこともそうでしたが、実はこの回の戦闘シーンを書くまでは、リザに『ルカニ』を修得させる予定もなかったりして……。
 つまりは、また思いついたままにやってしまったわけです、はい。

 それと『ルーラーサイド』のことは、いまはあまり気にする必要はないかと思います。書いておいてなんですが。
 このサイドは『ドラクエV二次』ではなく、この作品も一部となっている『スペリオルシリーズ』全体に関わる部分なのですよ。『ドラクエV』の二次創作小説としてだけ楽しみたいのなら、『カンダタは『きんのかんむり』を盗む前に死んだ』ということだけ憶えておいていただければいいと思います。

 でもシリーズ全体を読んでくださっている方には、次に公開予定の『黄昏色の詠使い〜闇色の間奏曲(インテルメッツォ)〜』第一話でニヤリとできる展開を考えていますので、楽しみにしていただければ、と思います。

 さて、ではそろそろサブタイトルの出典を。
 ……とはいっても、第五話でやっちゃったんですよね、出典は。なので今回は意味に言及するとしましょう。

 意味のほうは、リザの両親がリザを置いて旅立ったこと、バラモスを倒す旅に同行しないよう願った手紙を残したこと、アレルがリザを連れていくことにしたこと、そしてなにより、リザがアレルについていこうと決めたこと、それらすべてがその人を想う『愛の証明』なんだ、というものです。
 どうか彼ら彼女らの――特にアレルとリザのお互いに対する『想い』を感じていただければ、と心から思います。

 それでは、また次の小説で会えることを祈りつつ。



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